在学生の声
芸術+工学+すべて
芸術工学部(以下、芸工)は、その名の通りアート?デザインなどの芸術分野から、設計?製造の基礎である工学分野まで、広範な領域をカバーする学部である。中でも栗原康行教授が指導する栗原研究室は、既成概念にとらわれない「自由なものづくり」をテーマに掲げ、映画を中心とする映像制作を実践的に学ぶ。芸工4年生の宮地愛菜さんと3年生の松岡慧さんも、同じ研究室で映像づくりに忙しい毎日を送っている。
宮地さんはゲームが好きで、将来はゲームクリエイターになりたくて芸工に進んだ。
「入学後に驚いたのは、プログラミングやCGはもちろん、ものづくりに関するあらゆることを学ぶということ。錯覚のメカニズムを学んだ時は、人間の脳の仕組みの話が出て、ここまで勉強するの? って感動しました」
そんな環境で多彩なものづくりに触れるうちに、映像制作に興味を持つようになった彼女は、3年になって栗原研究室を選んだ。
松岡さんは、もともとスチールや映像のカメラマンを志望。大学研究をする中で栗原研究室を知り、高校3年生の時に自宅がある宮崎県から一人で名古屋を訪れ、研究室を見学させてもらった。
「その時に会った先輩がすごく楽しそうだったことと、機材がとても充実していたため、名市大に合格する前から絶対に栗原研究室に行くと決めていました」 その決意は固く、目標に向かって勉学に励み無事合格。彼は入学後すぐに栗原先生に会い、映画づくりがしたいと申し出た。そんな彼の気迫が伝わったのか、本学に撮影で来ていた某有名俳優に「キミ、審査員をやってみないか?」と声をかけられ、入学早々にも関わらず、全国上映される映画に出演する俳優のオーディションをさせてもらったこともある。
「芸工では、映画とはまったく関係ない織物のテキスタイルなど幅広い分野を学ぶことができ、とても刺激的な毎日でした」
本格的な映像制作プロジェクト
今日、栗原研究室でも複数の映像プロジェクトが動いており、多くの学生が何らかのプロジェクトに参加し、時には地元の劇団やアイドルグループなどとコラボしながら、全員が楽しそうに映像づくりに取り組んでいる。
宮地さんの担当は、高校で使用する英語学習用の映像コンテンツの作成。
「このプロジェクトにはドラマ部門とミュージックビデオ部門があり、私はミュージックビデオの制作を担当しています」
彼女が教材に使うのは、1950年代のアメリカのヒット曲。その歌詞を直訳した文章と、詩の世界観に合わせて意訳した文章の違いを映像で表現し、高校生に英語の面白さを感じてもらうのが目的。
「たとえば『Poetry in motion see her gentle sway.』という歌詞を、『優雅な詩のように優しく揺れる』と直訳した動画で流れる映像と、『ゆらめく彼女は美しい』と意訳した時の映像をどう変えればニュアンスの違いが伝わるかを考えます」
しかし、ニュアンスの違いを伝えるだけでは意味がない。高校生に英語を面白いと思ってもらうために、どんな役者が、どんなシチュエーションで、どういう演技をすれば良いかというプランを考え、さらに現場で撮影の指示も彼女が手さぐりで行う。
この映像コンテンツの完成予定は少し先だが、評判が良ければ多くの高校で取り入れられる可能性もあり、それが今から待ち遠しいと宮地さんは笑う。
松岡さんが取り組むのは、ショートムービーの作成。ショートとはいえ、きわめて本格的な映像制作のプロジェクトだ。
「ある自治体から、水の大切さを啓蒙する映画を創って欲しいという依頼をいただき、まずロケ地となる水道局を見に行きました」
そこで彼が見た光景が元になり、水を大切にしない人間に精霊が怒っているというファンタジーホラーの企画が誕生した。
「その後、何度も先生にダメ出しをされながらシナリオを作成しました」
しかも彼はこの作業と並行して役者を選び、水道局などのロケ地の手配を行い、撮影日には撮影と演出を行い、最後に編集まで行った。劇場映画の制作では、一人がここまで多くの種類の業務を請け負うことはない。監督兼プロデューサー兼…、いわばスタッフすべてである。
「編集後、研究室で試写を行いました。ホラーなので、ちゃんと怖かったか、ストーリーは分かりやすいかなどをみんなにチェックしてもらい、シーンを入れ替えたりテロップを追加したりしながら完成に近づけていきました」
そしてプロジェクトのスタートから約半年後、プロジェクトメンバーの思いが詰まったホラー作品「水夢譚(すいむたん)」は、自治体が主催する映画祭で上映され、好評を博した。
自由であるために必要なもの
映像制作を通して、2人は少しだけ成長した自分に気づいた。
宮地さんは活動を通して、映像には映らない大切なことを知った。
「撮影時に役者さんがリラックスしていないと、その緊張感は視聴者にも伝わってしまいます」
だから撮影の待ち時間には、監督である彼女から積極的に役者に笑顔で話しかけ、現場の空気がなごむように気を配るようになった。特に現場では、役者だけでなくカメラや照明など、そこに関わるすべての人たちが同じ方向を向いていないと、いい映像にはならない。常に全体を注視しながら本番に臨むために、気配りは欠かせないという。
松岡さんは、段取りを組むことの大切さを知った。
「映画づくりは本当に多くの手順があります。屋外で1つのシーンを撮影するだけで、建物はもちろん、道路の撮影許可まで取らなくてはなりません」
他にも編集スタジオの予約、映画の製作費用を集めるための営業、宣伝用のチラシ作成。多くの人を動かしながら、それらの膨大な作業をコントロールしたことで、彼は自分の段取り力に自信を持つようになったという。
2人とも、芸工を選んだ動機は「自分が作りたいものを、自由に作りたい」であった。しかし、自由な作品づくりをテーマとする栗原研究室で映像づくりに向き合ううちに、自由であるためには、映像を見るだけではわからない気配りや段取りといったある意味不自由ともいえることが不可欠だと知った。そして、それに気づいたことで、彼らはますます映像づくりが楽しくなった。
宮地さんは広告会社の映像制作職に内定した。将来は、これまでの経験を生かして、ミュージックビデオの作成に携われればと夢を語る。
一方の松岡さんは名古屋に来たことで地元の良さが改めて分かり、地元?宮崎の公務員志望へと大きく方向転換をした。
「でも就職後も、趣味ではカメラを続けたい。そしていつか、地元の魅力を発信するPR動画を作成する部署で仕事をし、芸工で学んだことを繋げていきたいと思っています」
芸工での経験を通して、彼らの曖昧だった「憧れ」は、少しずつ明確な「目標」へと姿を変えつつある。
プロフィール
宮地 愛菜(みやじ あいな)さん
芸術工学部 情報環境デザイン学科4年
宮地さんから見た芸工の特徴は、いろいろな分野が学べ、自分さえやる気になれば環境が揃ったこのキャンパスで何でもチャレンジできること。学生同士、または学生と先生との結束が強く、行き詰った時など、先輩からのアドバイスに何度も助けられたことが忘れられない。
松岡 慧(まつおか けい)さん
芸術工学部 情報環境デザイン学科3年
芸工に入って良かったことは、プロ用の機材を使えたこと、書籍が充実していたこと、そして何よりも「普通じゃない友達」とたくさん知り合えたこと、と語る松岡さん。そんな友人に負けたくないというライバル心も、彼らの「ものづくり」のエネルギー源になっている。