特殊な照明光を用いることによってヒトのコントラスト(文字や画像の濃淡)感度を改善することを発見
研究成果の概要
澳门皇冠_皇冠国际-体育*比分芸術工学研究科の辻村 誠一教授と国立台湾大学Su-Ling Yeh教授、および鹿児島大学の研究チームは、特殊な照明光を用いることによって私たちの視力(コントラスト感度※1)を改善することが可能であることを発見しました。将来的には「見え」の改善につながる新たな照明装置やディスプレイなどの開発、高齢者等の視力の改善にも役立つことが期待されます。
背景
私たちの眼球の網膜には、明るいところで色を識別する錐体細胞、暗いところで働く桿体細胞があります※2。この2種類の視細胞※3のみによって、ヒトはものを見たり、識別したりしていると長年考えられてきました。一方で、2000年頃に網膜でメラノプシン神経節細胞(ipRGC)※4と呼ばれる新しい細胞が発見されました。メラノプシン細胞は「概日リズム※5の調整」や「瞳孔の対光反射」、「明るさ感」や「気分」等に影響することが報告されています。この細胞は視細胞の一つでありながら、ものを見ること以外の役割を担うと考えられており、その機能はよくわかっていません。
研究の成果
辻村教授の研究室では、光の色(光のスペクトル※6)を調整し、世界で初めてメラノプシン細胞のみを刺激できる装置を開発し、メラノプシン細胞のコントラスト感度への寄与について実験を行ってきました。コントラスト感度とは、文字や画像の明るさの濃淡の違いを識別する能力のことで、私たちの視覚において最も重要な特性の一つです。例えば、コントラスト感度が高いと対象物とその背後にある背景を区別して認識することができるようになります(図1)。一般に、暗い場所ではコントラスト感度が低く、明るくなるとコントラスト感度が高くなります。一方で、さらに明るくしてもそれ以上に感度は良くならないことがわかっています。本研究では、照明光の輝度や色度※7を変化させず、メラノプシン細胞への刺激量を大きくすると、ヒトのコントラスト感度が促進されることを発見しました(図2)。
図1 コントラスト感度による見え方の違い(観察者の見えの例)。
左:コントラスト感度が低い見え、右:コントラスト感度が高い見え。
図2 コントラスト感度の空間周波数特性。Melanopsin-high: メラノプシン細胞刺激条件;Control: コントロール条件。
研究のポイント
- 照明のスペクトラムを調整することによってコントラスト感度が促進されることを発見した
- 網膜メラノプシン細胞がコントラスト感度の調整に寄与していることを示した
研究の意義と今後の展開や社会的意義など
本研究では、照明の明るさや色を変えることなくメラノプシン細胞を選択的に刺激する特殊な光スペクトラムを用いることによってコントラスト感度を促進することができました。このことは、単に色や光の強さを変化させるのではなく、新たな革新的な照明装置やディスプレイなどの開発につながる可能性があります。また高齢者等の視力の改善にも役立つと考えられます。今後もヒトの視覚に関する研究を進め、脳内のメカニズムを明らかにすることによって最適な光環境を提案します。
用語解説
※1 コントラスト感度
文字や画像の明るさの明暗を感じる知覚量。
※2 錐体細胞と桿体細胞
網膜に存在する視細胞※3。桿体細胞と錐体細胞が存在する。杆体細胞は暗い場所で働き、錐体細胞は、色や明るさの知覚に寄与している。
※3 視細胞
ある特定の波長の帯の光に反応するたんぱく質をもつ細胞。網膜に存在し光信号を中枢に伝える。
※4 メラノプシン細胞
2000年頃に発見された、錐体細胞、杆体細胞に続く第3番目の視細胞。概日リズムの調整や瞳孔の対光反応、気分や明るさの知覚等、様々な脳機能に寄与していると考えられるが、その機能はよくわかっていない。
※5 概日リズム
多くの生物には体内時計が内在し、さまざまな現象が約1日(概日)周期のリズムで繰り返されている。このリズムのことを概日リズムと呼ぶ。
※6 光のスペクトル
光の波長ごとの強度分布。波長が短いと青色、波長が長いと赤色に知覚される。
※7 輝度?色度
人間が感じる明るさや色の量を表す。錐体、桿体細胞※2の感度を基に定義されている。
文字や画像の明るさの明暗を感じる知覚量。
※2 錐体細胞と桿体細胞
網膜に存在する視細胞※3。桿体細胞と錐体細胞が存在する。杆体細胞は暗い場所で働き、錐体細胞は、色や明るさの知覚に寄与している。
※3 視細胞
ある特定の波長の帯の光に反応するたんぱく質をもつ細胞。網膜に存在し光信号を中枢に伝える。
※4 メラノプシン細胞
2000年頃に発見された、錐体細胞、杆体細胞に続く第3番目の視細胞。概日リズムの調整や瞳孔の対光反応、気分や明るさの知覚等、様々な脳機能に寄与していると考えられるが、その機能はよくわかっていない。
※5 概日リズム
多くの生物には体内時計が内在し、さまざまな現象が約1日(概日)周期のリズムで繰り返されている。このリズムのことを概日リズムと呼ぶ。
※6 光のスペクトル
光の波長ごとの強度分布。波長が短いと青色、波長が長いと赤色に知覚される。
※7 輝度?色度
人間が感じる明るさや色の量を表す。錐体、桿体細胞※2の感度を基に定義されている。
研究助成
日本学術振興会 科学研究費助成事業 基盤研究A 20H00614および挑戦的研究(萌芽)22K19333の助成、および、台湾の国家科学技術委員会104-2410-H002-061-MY3, 107-2410-H-002-129-MY3, 108-2420-H-492-001-MY3, 110-2410-H-002 -130 -MY3、107-2811-H-002-536 and 106-2811-H-002-015の助成を受けました。
論文タイトル
Enhanced human contrast sensitivity with increased stimulation of melanopsin in intrinsically photosensitive retinal ganglion cells
著者
Sung-En Chien1, Su-Ling Yeh*1,2,3,4, Wakayo Yamashita5, and Sei-ichi Tsujimura*5,6
所属
1.Department of Psychology, National Taiwan University, Taipei, 10617, Taiwan
2.Graduate Institute of Brain and Mind Sciences, National Taiwan University, Taipei, 10617, Taiwan
3.Neurobiology and Cognitive Science Center, National Taiwan University, Taipei, 10617, Taiwan
4.Center for Advanced Studies in the Behavioral Sciences, Stanford University, Stanford, CA, 94305, USA
5.Faculty of Science and Engineering, Kagoshima University, Kagoshima, 890-0065, Japan.
6.Faculty of Design and Architecture, Nagoya City University, Nagoya, 467-8501, Japan.
*責任著者: Sei-ichi Tsujimura, Su-Ling Yeh
所属
1.Department of Psychology, National Taiwan University, Taipei, 10617, Taiwan
2.Graduate Institute of Brain and Mind Sciences, National Taiwan University, Taipei, 10617, Taiwan
3.Neurobiology and Cognitive Science Center, National Taiwan University, Taipei, 10617, Taiwan
4.Center for Advanced Studies in the Behavioral Sciences, Stanford University, Stanford, CA, 94305, USA
5.Faculty of Science and Engineering, Kagoshima University, Kagoshima, 890-0065, Japan.
6.Faculty of Design and Architecture, Nagoya City University, Nagoya, 467-8501, Japan.
*責任著者: Sei-ichi Tsujimura, Su-Ling Yeh
掲載学術誌
学術誌名 Vision Research
DOI番号:10.1016/j.visres.2023.108271
DOI番号:10.1016/j.visres.2023.108271